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我々は何故敬うのか?

我々は何故敬うのか?withミルチャ・エリアーデ
第1部(10:00~11:30) 講座番号3
奥山倫明(南山大学人文学部教授、宗教学)


聖なるものの偽装を剥ぐ
 東京大学で宗教学・宗教史学を専攻され、1996年に同大学院にて文学博士の学位を取得されました。1988年より南山大学・南山宗教文化研究所に在籍されています。
 奥山先生の研究対象は宗教学者のミルチャ・エリアーデで、彼の学問の形成と展開を振り返り、現代宗教学に占めるエリアーデ宗教学の意義と問題点について考察されてきました。
 また、エリアーデ研究の第一人者として世界でも名が知られる宗教研究者で、エリアーデの著書の数々を翻訳されていらっしゃいます。また、ご自身も「エリアーデ宗教学の展開―比較・歴史・解釈」(南山大学学術叢書)を出版されています。

コッポラとエリアーデ
 「地獄の黙示録」などで名高い、フランシス・フォード・コッポラ監督が、10年ぶりにメガホンを取った映画が「コッポラの胡蝶の夢」(2008年作品)です。ミルチャ・エリアーデの幻想小説「若さなき若さ」の映画化です。この映画によって、世界は文学的な面でエリアーデに注目しました。
 「胡蝶の夢」の名の通り、ストーリーの基盤は「胡蝶の夢」(現実の世界と夢の世界とが区別できない境地のたとえ)そのものであり、若きエリアーデの恋人であったマイトレイに出会ったあたりから動き始めた彼の人生そのものを描いたように思えます。
 ミルチャ・エリアーデ(1907~1986)は、ルーマニア・ブカレストで陸軍将校の息子として生まれ、十代にもかかわらず数々の論文を書き上げました。ブカレスト大学で哲学を学んだ後、インドのカルカッタに渡り、サンスクリット語と東洋哲学を学びました。
 帰国後、宗教学者として画期的な論考を発表し、様々な大学で教鞭を執ると共に本格的に執筆を開始します。
 第二次世界大戦中にはパリへ亡命しながらも小説の執筆を続け、1956年からシカゴ大学神学部で晩年まで宗教学者兼小説家として活躍しました。

小説家と宗教研究者の二つの顔・エリアーデ
 奥山先生によれば、エリアーデが大成した宗教史とは、全世界的な視点での宗教についての概論であり、1976年に出版された世界宗教史は賛否両論を巻き起こしました。
 一方彼には小説家としての一面もありました。実在のインド人女性との恋愛を描いた処女作が「マイトレイ」です。その後もルーマニア語で、主に幻想的な作品を数多く残していますが、その中で、異色の中篇が、「コッポラの胡蝶の夢」の原作となった「若さなき若さ」です。

我々は何を敬うのか
 奥山先生は宗教とは三つの意味を持っているといいます。一つ目は生命について考える、すなわち「死」を追究すること。二つ目は精神について考えること。つまり、心の問題としての宗教です。三つ目は集団でいると必然的に発生するものであるということ。奥山先生は三つ目を「絆」と表現していらっしゃいました。
 また宗教という現象がいつ頃生まれたかは、エリアーデは次のように解釈していると奥山先生に教えて頂きました。「人間的であると考えられる生活はそれ自身において宗教的行為である。それは食料収集も性生活も仕事も象徴的な価値を持っているからである」と・・・・・つまり人間が生まれたときから宗教は存在していたのです。
 当日は特にこれらのことについて奥山先生に語っていただきたいと思っています。

最後に~宗教は人間の営みそのもの
 オウム真理教の事件以来、宗教という言葉を聞いただけでは負のイメージを感じたりする方も多いかもしれません。しかし、宗教はどの時代でも、世界中のどんな地域にも存在してきました。それは宗教が人間の営みそのものだからだと思います。
 そして宗教に少しでも興味をもたれた方はお越しください。20世紀最後の知の巨人ミルチャ・エリアーデの思想に、触れてください。
 よろしくお願いします。

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